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城下荘平
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第一大戸川橋梁
(だいいちだいどがわきょうりょう)

−我が国におけるプレストレストコンクリート橋梁の先駆け− 1


撮影日:2009.4.2

第一大戸川橋梁は信楽高原鐵道(滋賀県)の「信楽駅」と「玉桂寺前駅」の間に位置する鉄道橋である。元の橋が1953年の豪雨で流失したため、流失を避けるべく橋脚のない長スパン橋梁として1954年に施行、完成された。 長スパン橋梁の実現のためには、より優れた強度が必要であり、そのため、当時はまだ、世界的にも施行例の少なかったプレストレストコンクリート(Prestressed Concrete: PC)工法が採用された。

鉄筋コンクリートは、圧縮には強いが引張りには弱いコンクリート(母材)と、圧縮には弱いが引張りには強い鉄筋(補強材)を相補うように組み合わせた複合材料の一種である。しかし、コンクリートは乾燥すると収縮し、時間が経っても収縮しない鉄筋によって常時、引張力を受け、そのためコンクリートにひび割れが生じ、全体の強度が下がる。そこで、考案されたのが、PC工法である。すなわち、コンクリートの乾燥収縮量を予測し、その分だけ予め鉄筋を引っ張った状態でコンクリートを打ち込み、コンクリートの乾燥収縮後に鉄筋を引張り状態から開放すると、コンクリートの収縮量と同じだけ縮むので、コンクリートが鉄筋から張力を受けないようにできる。ただし、コンクリートは乾燥後、鉄筋と十分に接着していることが必要である。

信楽高原鐵道の前身である旧国鉄が予算枠にとらわれずに試験工事として実施し、種々の予備試験も同時に行った。その結果は学会誌に報告され2、また、その後の数百の橋梁工事に適用された。このときの設計施工管理者は当時の国鉄大阪工事事務所次長であり、後に国鉄総裁となった仁杉巌氏であった。

なお、滋賀県教育委員会事務局が2000年に”滋賀県の近代化遺産”を調査した当時は、”竣工後50年を経過したもの”、という認定基準を満たさず、”滋賀県の近代化遺産”にならなかった3

略年表
1954: 施行、完成
2003: 産業考古学会「推薦産業遺産」に認定
2008: 「登録有形文化財」に登録

参考文献

  1. 城下荘平、堤一郎、神吉和夫、“我が国におけるプレストレストコンクリート橋梁の先駆け ― 第一大戸川橋梁(信楽高原鐵道)―”、産業考古学会 第27回総会研究発表講演論文集、pp5-8(2003.5.)
  2. 仁杉巌、“支間30mのプレストレストコンクリート鉄道橋(信楽線第一大戸川橋梁)の設計、施行及びこれに関連して行った実験研究の報告”、土木学会論文集第27号、pp.1-56(1955)
  3. 滋賀県教育委員会事務局、”滋賀県の近代化遺産−滋賀県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書−”、pp.112-113(2000)